Lesson2-2 日本三古湯

このレッスンでは、日本三古湯(三古泉)について解説します。

日本三古湯とは、万葉集や日本書紀といった、
日本で古くから伝わる文献に登場する温泉のことです。

一般的には日本三古湯は、「道後温泉」「有馬温泉」「白浜温泉」を指しますが、
三古湯に関しては諸説あり、白浜温泉の代わりに「いわき湯本温泉」が入ることもあります。

ここでは、「道後温泉」「有馬温泉」「白浜温泉」の三古湯を取り上げ、
温泉が発見された伝説や由来を、文献や温泉を利用した歴史上の人物の行動をもとに、
理解を深めていきましょう。

道後温泉

道後温泉本館

傷を負った白鷺(シラサギ)が、岩間から湧き出る温泉に足を浸したところ、
傷が癒えて飛び立っていったという伝説
があり、
これが道後温泉の発見伝として言い伝えられています。

日本に現存する最古の歴史書である「古事記」には、この道後温泉が登場しますが、
つまり、日本の文献で初めて登場したのが道後温泉ということになり、
正真正銘の古湯であることがわかります。

道後温泉の歴史は約3000年と言われており、
日本書紀では、舒明天皇(593-641)や斉明天皇(594-661)が来浴したと記されています。

また聖徳太子(574-622)が道後温泉で病気療養をしたという伝承もあります。

夏目漱石は、明治28年に英語教師として松山に赴任しましたが、
赴任中に道後温泉に何度も通い、小説「坊ちゃん」を書き上げました。

「坊っちゃん」の中で夏目漱石は道後温泉を絶賛

道後温泉本館には、3階に「坊っちゃんの間」と呼ばれる夏目漱石が利用した部屋があり、
当時の面影を見てとることができます。

夏目漱石の愛した道後温泉本館は、明治27年完成の木造三層楼近代和風建築ですが、
国の重要文化財の指定を受け、今もなお共同浴場として人々を癒し続けているのです。

泉質

アルカリ性単純温泉

泉温

20〜55度(平均47度)

効能

筋肉痛、関節痛、冷え性など

所在地

愛媛県松山市道後湯之町

有馬温泉

ねねの像

日本三古湯の二つ目は、有馬温泉です。

日本書紀によると、舒明天皇が三ヶ月近く有馬温泉に滞在したという
行幸記録が残っています。

その後、天皇をはじめとした藤原道長などの時の権力者が次々と有馬温泉を訪れましたが、
このことから有馬温泉は当時から人々を魅了したことがわかります。

有馬温泉は現在も人気の温泉地ですが、
1000年以上前から不動の人気温泉地であったことが想像できるでしょう。

有馬温泉に魅了された歴史上の人物で特に有名なのが、豊臣秀吉です。

記録に残るだけでも、9回も湯治に訪れています。

有馬温泉は、地震などで被害を受けることがありましたが、
秀吉の尽力のおかげで再興が叶いました。

そのため、秀吉は有馬では恩人と称えられ、秀吉ゆかりの地名が残されています。

また「ゆけむり広場」には秀吉の坐像があり、
ねね橋のたもとにはねねの像(上の写真)も建てられています。

江戸時代には有馬温泉の人気はますます高まり、
諸国温泉番付では、「西の大関」にランクされるほどでした。

※「東の大関」は草津温泉。

有馬温泉の湯は「金泉」「銀泉」と地元では呼ばれ、
「金泉」の特徴は塩分と鉄分が主成分である赤褐色。

「銀泉」は炭酸泉や放射能泉です。

泉質

  • 含鉄ーナトリウムー塩化物泉
  • 二酸化炭素泉
  • 放射能(ラジウム)泉

泉温

19〜98度

効能

神経痛、皮膚病など

所在地

兵庫県神戸市北区有馬町

白浜温泉

三つ目の日本三古湯は、白浜温泉です。

「日本書紀」や「万葉集」では、「牟婁温湯(むろのゆ)」「紀温湯(きのゆ)」
記されています。

日本の文献で白浜温泉が最初に登場するのは、
「日本書記」に出てくる有間皇子(ありまのみこ)が657年に湯治をしたところです。

有間皇子に「病が自然に治りました」と勧められて、
斉明天皇と斉明天皇の第二王子である中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)が、
翌年白浜温泉に行幸しました。

しかし、このとき「有間皇子事件」が起こります。

斉明天皇の留守中に有間皇子は、
中大兄皇子が送りこんだ蘇我赤兄(そがのあかえ)に謀反をそそのかされます。

そして斉明天皇の元に有間皇子が謀反を起こすと伝令があり、
有間皇子は捕らえられ、紀温湯に連行されます。

謀反を仕立てた張本人の中大兄皇子に尋問を受け、
都に連れ戻される途中で、有間皇子は絞殺されてしまいました。

磐代(いわしろ)の 浜松が枝(え)を 引き結び
真幸(まさき)くあらば また還(かへ)り見む

これは有間皇子が連行中に詠んだとされる歌ですが、
万葉集に収められています。

無事に帰還できることを歌の中で願った有間皇子ですが、
その願いはついに叶いませんでした。

この事件は白浜温泉の悲劇として、後世に伝えられています。

露天共同浴場「崎の湯」は、斉明天皇が入浴された当時のままで、
日本最古の露天風呂とも言われています。

この辺りは、大正時代に海岸一帯で温泉開発され、
「白浜温泉」と呼ばれるようになりました。

以降、関西屈指の白浜温泉リゾートとして発展してきたのです。

泉質

  • ナトリウムー炭酸水素塩・塩化物泉
  • ナトリウムー塩化物泉

など

泉温

40〜83度

効能

神経痛、関節痛など

所在地

和歌山県西牟婁郡白浜町


以上、日本三古湯について解説しました。

歴史の教科書に登場した大昔の権力者が、
温泉に魅了され湯治に通ったというのは興味深いことです。

日本三古湯は今もなお湧出していますので、
機会があればぜひ訪れたいものですね。

歴史的背景を知った上で訪れると、
お湯の感触やそこから見える風景が、変わってくるかもしれません。